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やましげ○○ぼっち Vol.69

2013/08/10 | 山崎 樹範 | やましげ○○ぼっち

とても寒い日で雪も降っていたそうです。
三度目の出産という事もあり、傘をさして歩いて病院に向かったと聞きました。
それから数時間か数十時間後に産声をあげた、三千数百グラムの元気な男の子。
待望の男の子の誕生に父親は病院に飛んできたそうです。
その男の子が産まれる四年前と五年前、年子で女の子が産まれました。
次女が産まれた時、「また女の子か!?」と父親が病院になかなか行かなかった事は、未だに家族で次女だけが知りません。
ともあれ待望の長男誕生に、寒さも忘れて走ってきた父と初めて会った時、泣いていたのか?笑っていたのか?
ベッドに寝ていたのか?母の腕に抱かれていたのか?
もちろんさっぱり覚えていませんが、あの日、昭和四十九年二月二十六日、午前六時、足立区の片隅。
この世に生まれ落ちたのは紛れもなく我輩なのです。
ちなみに名前はまだない。

『ぼくちゃん』

これから書く事は基本的には全て事実である。
が、大人になった僕の記憶の補正が多分にあると思われる。
あしからず。。。

作・やましげ

さて、まだ名前のない僕ちゃんに名前がついた。
命名「樹範」
随分難しい名前である。
「しげのり」と読む。
親の代、そして孫の代になっても祖父の名を受け継いだ者がいなかったので、父親が祖父の名前の一字「樹」を僕につけたのである。
と言っても父親が考えた訳ではない。
入谷の鬼子母神に頼み、名前をつけてもらったらしい。
やたら難しい名前も待望の長男とあればやむを得ないかもしれない。
おかげで自分の名前を小学五年まで漢字で書けなかったが、、、。
ちなみに母親にいたっては僕が中学三年の卒業間際まで、「範」の字を間違えていた。
それはまた追々書く事にする。

さすがに赤ちゃんの頃の記憶はない。
おっぱいはよく飲んだのか?
夜泣きはしたのか?
いつハイハイを覚えたのか?
さっぱり分からないが、とにかく家族から愛情の総攻撃を受けたのは間違いないはずである。
なんせ待望の長男なのだから。

(ちなみに次女が産まれた時、「また女の子…」)

初めての記憶を遡ると保育園になる。
迎えに着てくれた、母親の自転車の後ろにまたがり後ろを振り向いて見た保育園の景色。
保育園のフェンスによじ登り、同じ組の林くんが手をふりながら叫ぶ。
「じゃあなー!しょんべん漏らしー!!」
人生最古の記憶。
不思議な事にその前後は覚えていないのである。
おそらくお昼寝の時間に僕はおしっこを漏らしたのだろう。
だが、その時の記憶も、帰り道母親と交わした会話も何一つ覚えてはいない。
あるのは林くんが満面の笑みで手をふり、大声で叫んでいた事だけ。
…しかし。
フェンスによじ登ってまで言うべき事だろうか!?
保育園の前には児童館や公園があり、夕暮れ迫る公園では子供達が沢山遊んでいたはずである。
間違いなくそんな所で大声で叫ぶべき内容ではない。
共働きだった我が家は迎えがいつも遅く、その日も最後の数人だったはずである。
それまでに散々話題になっていただろう?記憶にはないが!
子供は無邪気に残酷だ。

一番古い記憶である。
ここから先は憶測でしかないが、もしかすると、あの日迎えを待っていたのは僕と林くんが最後だったのではないか?
それまでおねしょの事は話題になっていなかったのではないか?
なぜならば記憶の景色のどこを切り取っても林くん以外の人はいない。
そして、林くんに散々その事を言われていたら叫ばれる前の記憶があってもよさそうなものである。
多分僕たちは最後の二人で仲良く遊んでいたのだ。
そこへ僕の母親が迎えに来た。
必然的に最後に残されるのは林くんだ。
自転車の後ろにまたがり、さっきまで一緒に遊んでいた事を忘れるかのように帰る僕の後ろ姿。
たまらず林くんはフェンスによじ登る。
そして、叫ぶ。
「じゃあなー!」
それだけじゃ何かが足りなかったのだろう。
最後の最後まで迎えが来ない寂しさを共有し、一緒に遊んでいた友人が帰ってしまうのだ。
何と伝えて良いか分からない感情を、林くんはその日一番ホットな出来事にのせて伝えてくれたのだろう。
あれは彼のありがとうだったのかもしれないし、たんに裏切り者への罵声だったのかもしれない。
それか単に面白がって、からかっていたのだろう。
綺麗事で終わらすつもりはないので正直に書くが、もし僕が逆の立場だっら、林くんにありがとうと言えたかどうか。
自信はまるでない。
ただ、もし林くんに先に迎えが来ていても僕は決して彼にしょんべん漏らしとは言わなかったとは思う。

なぜなら彼はしょんべんを漏らしていないからだ。

ちなみに、次の記憶は保育園の運動会のかけっこで転んでビリになった事である。

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