上巻あらすじ

「偽顔虫 47」
〈上巻 闘魂炎上の段 ~吉良上野介 VS47 人の少女過激団~〉
上巻あらすじ
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大正の末期、謎の仮面の怪盗が世間を賑わせていた。

自らを「偽顔虫」と名乗り、義憤によるものか、はたまた只の愉快犯なのか、物議を醸す様々な騒動を巻き起こしては、その正体をめぐり、世間の至る所で様々な憶測がかわされていた。

自称天才、浅草小五郎率いる劇団「現代演劇研究所」は、家賃滞納により、大家である中道によって今にも稽古場から追い出されようとしていた。
起死回生を計らんとする小五郎は、劇団員の小林少年らと共に、即興演劇により難事件を推理する「演劇探偵事務所」を立ち上げる。

そこへ偶然劇団の取材に来ていた新聞記者剣持が、小五郎に「偽顔虫」の正体と狙いを探ることを依頼する。

その頃起こった、貴族院議員 吉良よしひさの令嬢、吉良かる子の誘拐事件に剣持は注目していた。仮面の怪盗「偽顔虫」が、かる子を連れ去ったという女中の目撃証言をもとに、小五郎らは推理に乗り出すが、吉良夫妻はなぜか誘拐の事実を認めないのだった。

そのうち、吉良の陰に「塩谷(エンヤ)」という不思議な力を持つ一人の男の存在が浮かび上がる。エンヤは人の心を読むことができて、その力ゆえにたくさんの信奉者を周囲に抱えていた。

とある財閥のパーティーにてエンヤは、列席していた吉良議員の心の内を読んでしまい、そこに秘められた、恐ろしい国家的陰謀を知ってしまう。
その結果、エンヤは口封じのための罠に落ち、吉良の命を狙った暗殺者に仕立て上げられ逮捕拘束。その後、収監された刑務所内で自殺したとされる。
その後、事の経過を知るエンヤの信奉者達は、恩師を陥れた仇として吉良を憎み、何らかの行動を起こそうとしていた。

小林少年は小五郎の指示でエンヤ信奉者の堀部、大高に接近する。
二人は、エンヤ信奉者の中でも指折りの家格と風格を持つ伯爵未亡人、ゆらねえこと大星ゆらに、吉良に対する決起を促すべく山奥の別荘へ向かう。

出迎えた大星ゆらの義理の妹ふみえは、事故死した兄、すなわち、ゆらの亡き夫、大星源治伯爵の死が、ゆらに起因すると確信していて、義姉ゆらに対して怪しい距離感をもっている。

しかし、肝心の大星ゆらは、彼女にだけ見える道化のチルドに振り回されている。道化が見えない他の者らにとって、その姿は狂人そのものだった。

戸惑う信奉者らの前に、偽顔虫の仮面をかぶった兎が乱入して大騒ぎになる。
ふみえと執事が慌てる中、続いて猫のように身軽な少女(人間猫)が現れ、瞬く間に窓から脱走する。その少女こそ、誘拐されたとされる吉良家の令嬢かる子だった。

実はかる子誘拐の実行犯であった大星ふみえは、事情を知る執事とともに秘かに吉良邸に向かう。それをすかさず尾行する浅草小五郎と小林少年。
一方、成り行きで小五郎らと行動を共にしていた中道は、人間猫かる子の行方を追って山奥深くへ尾行する羽目に。

ふみえを吉良邸で待っていたのは、恋仲の刑事井田。
井田は吉良の命令により、吉良かる子誘拐を立案。
ふみえが実行犯として動き、その後、大星ゆらの別荘に監禁されたかる子を、井田が救出するという筋書きで、ゆらに誘拐の罪をなすりつけ、エンヤ信奉者を一網打尽にすることが目的だった。

しかし肝心のかる子(人間猫)が自力で逃げ出してしまったことで計画が狂う。

そこへ現れる女将校、柳リリー。そして彼女に仕える人力車に乗った小人、菊象博士。
天才医学者である菊象博士は、カマドーマという虫の群れを脳内に侵入させることで、人間を意のままに操ることができる。
国際浪漫博覧会を取り仕切る吉良の背後には彼ら、一般大衆文化教育党、通称 般教党がついており、博覧会を隠れ蓑にした反国家分子抹殺計画が極秘裏に進行していた。
エンヤが吉良の心から読み取った恐ろしい陰謀とはまさにそれであった。

一方、監禁から逃れた人間猫かる子は、山奥で猟師として暮らす叔父叔母、浜野丹平、みつみ夫婦のもとにたどり着く。
駆け落ちした二人はかる子にとって憧れの自由人に見えるが、その実、彼らには事情がある。

丹平はエンヤ信奉者の一人だったが、エンヤが逮捕された大変な日に、みつみと二人で温泉旅行に行っていて不在だったことで、仲間に顔向けできなくなり、隠れるように山で暮らすようになった。

丹平はもう一度以前の生活に戻るためには金が必要だという強迫観念にかられているが、貧しい猟師暮らしではどうにもならない。

気鬱に沈みながらまた猟に出て行く丹平を見送った後、 何とか二人に恩返しをしたかったかる子は、元銀座のホステスだったみつみに、自分をキャバレーに身売りするように頼みこむ。

みつみの旧知のナミコが銀座からかる子を迎えに来て契約金を渡すが、丹平は不在。
焦れたみつみは、月が陰って真っ暗な山へ夫を探しに出る。

一方、丹平は暗い山でイノシシを仕留めるが、よく見ればそれは人間である。
間違えて人を撃ってしまった丹平は、その死体の懐から金の入った風呂敷を見つけ、くすねてしまう。

家に帰るとみつみもいなくて、かる子もすでに銀座へ向かった後だった。そこへ山から運ばれてくるみつみの死体。
残っていたナミコから経緯を聞いて、丹平は自分が撃った相手がみつみで、くすねた金がかる子の契約金だったと悟り、絶望して自分の頭を撃つ。

しかしそれは丹平の早とちりであった。実は丹平が撃った相手は、みつみを殺して金を奪った強盗だったのだった・・・。
その後、かる子は何も知らないまま、銀座のキャバレーでホステスデビューする。そこへやって来る男装の大星ゆら。
その日、その店には、ゆらの決断を確かめるために、エンヤ信奉者たちが何人も集っていた。

ゆらを接客するかる子には、どういうわけだか、ゆらにしか見えないはずの道化チルドが見える。

ゆらの夫大星源治は、予言と称して先のことを決めつけ、その言葉に従ってのみ行動する異常な人間だった。
ゆらは貧しさゆえに貴族の彼に嫁いだが、そんな夫を最後まで愛することができなかった。
それゆえに夫の事故死の責任を自ら感じているゆらは、一度死のうと考えたことがある。
そんなゆらの心を読み、自殺を思いとどまらせたのがエンヤだった。

その場に潜伏していたふみえ、井田、そして小林少年、剣持、信者達が一同に会したその場にて、浅草小五郎は「偽顔虫」の正体がエンヤであったことを暴く。
エンヤは人の心を先読みして、秘かに仮面の怪盗に変身し、自ら世の中の惨事を防いでいたのだ。

そしてエンヤの死後、その正義の行動を引き継いだのがゆらであることも明かされる。

すべてを見抜かれたゆらは、ついにエンヤが最後に残した言葉を皆に打ち明ける。
それはエンヤが吉良の心から読み取った、柳ら般教党による、浪漫博覧会における反国家分子抹殺計画だった。

エンヤ信奉者たちはゆらの下一致結束し、恐ろしい計画を阻止すべく、来るべき浪漫博覧会に、国歌斉唱の少女歌劇団に扮して会場に潜入し、悪事を白日の下に晒すことを決意するのだった・・・。

「偽顔虫」の正体の推理を終えたことで、演劇探偵を一旦終了し、エンヤの墓石に経緯を報告する小五郎達の元に瀕死の剣持が現れる。

実は途中から般教党と裏で手を組み、罠にはめるため、ゆらの決起をわざと促していた剣持だったが、用済みとなって柳、菊象に裏切られ、消されそうになったところを間一髪逃がれてきたのだった。その身代わりのように、吉良は菊象の虫の餌食となり、体内にて菊の花が繁殖して生命活動が止まる菊の蝋人形と化してしまう。

そこにたまたま出くわした吉良夫人にも、菊象の虫が襲い掛かる。
瀕死の吉良夫人が、柳の正体が菊象の操る人形に過ぎないことを悟った頃には、すでにその体は虫に支配されつつあった。

小五郎らの目の前で、剣持もまた発症し、菊人形と化す。
死に際に剣持から伝え聞いた顛末を聞いて、小林と中道は現場の吉良邸に向かい、小五郎はエンヤの墓前で再び推理を始める。

この後、一体、浪漫博覧会にて何が起こるのか。

少女歌劇団に扮装したエンヤ信奉者達が次々と菊人形に変えられていく情景が小五郎の脳裏に浮かぶ。

さあ、どうすれば予言された、この残酷な悲劇を防ぐことができるのか。
小五郎の演劇探偵が、はたとそこで行き詰った瞬間・・・

関東大震災が発生。
全ての物語が瓦礫の下に消える。

その時、突然墓石の下の大地が裂け、エンヤが宙に浮かび上がる。
奇跡の復活を遂げたエンヤは、今後ゴースト軍曹と名もキャラも変えて、震災後の世界をけん引することを瀕死の小五郎に宣言する。

一方、何とか一命をとりとめ、瓦礫の下から這い出た吉良夫人を瀕死の中道が目撃する。
夫人の脳は菊象の放った虫によって支配され、顔は「偽顔虫」となり、彼女はとうとう、奇声を発しながら人間離れした行動を繰り返す、虫酸(むしず)夫人と化していた・・・。